令和4年 富士浅間神社例祭

本日は富士浅間神社例祭です。暑さで目が回りながら富岡八幡宮に行ってきました。 7月1日から山開きとなります。江戸時代は6月1日で、参詣者が富士塚に登り、疫病除けの「麦藁蛇」を持ち帰りました。 現在の富岡八幡宮にも小さい富士塚があり、疫病除けの…

令和4年 夏越大祓式

本日は夏越大祓式です。富岡八幡宮に行ってきました。大祓は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の禊祓(みそぎはらい)が由来と云われています。 茅の輪をくぐって穢れを祓い清めます。あっという間に半年が過ぎました。新たな気持ちで後半を楽しみます。 夏越祓…

蘭方医・宇津木新吾(6) 襲撃

刀傷を負った侍は、幻宗の手術で一命を取りとめた。翌日、侍の経過を診ようと訪れた新吾に、屋敷の門番はそんな侍などいないと告げる。狐につままれた思いのまま帰宅した新吾に、こんどは義父順庵が、患家の内儀と手代が失踪したと告げる……。、好評シリーズ…

令和4年 梅雨明け

昨日、梅雨が明けしました。今年の夏は厳しい暑さになりそうですが、こういう時こそ何か涼しいものを探したいものです。 富岡八幡宮の花手水です。花手水はコロナで手水ができない参拝者をお花でもてなしているそうです。 富岡八幡宮についてはこちら↓ ooedo…

永代橋

こちらが永代橋です。元禄11(1698)年、江戸時代で隅田川にかけられた最長の橋になります。 名前の由来は五代将軍綱吉の50歳を祝って付けられたとも云われています。当時の浮世絵を見ること橋脚が高く、船の出入りが多かったことがわかります。 元…

七代目市川團十郎宅跡

木場二丁目公園内にある七代目市川團十郎宅跡です。場所は東西線木場駅の近くにあります。 四代目が木場島田町に邸宅を構えて以来、七代目團十郎まで市川家は代々居住していました。 江戸時代に活躍したのは初代から八代目。七代目が最も有名で家芸の荒事の…

雲光院

阿茶局のお墓がある雲光院です。場所は大江戸線・半蔵門線清澄白河駅の近くにあります。阿茶局の法號「雲光院」がそのまま寺の名前となりました。 絵図を見るとかなり大きな敷地で、徳川幕府にとって阿茶局がどれほど重要であったかを表しています。 阿茶局…

蘭方医・宇津木新吾(4) 殺し屋

行き倒れの商家の主人が村松幻宗の施療院へ運びこまれた。以前、その男を診察したという高名な漢方医の見立ては明らかに間違っていた。宇津木新吾はその誤診に疑問を抱き、高野長英らと漢方医を探り始めるのだった。(「BOOK」データベースより) 新吾は伊根…

海福寺跡

こちらが海福寺跡です。場所は都営大江戸線 門前仲町駅の近くにあります。海福寺は明治43年に目黒に移転し、現在は江東区立明治小学校が建っています。 当時の海福寺の様子です。こちらでは永代橋崩落事故で亡くなられた方の供養塔が建てられました。海福…

伊能忠敬住居跡

伊能忠敬は深川黒江町に住んでいました。18歳で下総国佐原の伊能家に婿養子に入り、50歳で隠居すると高橋至時に就いて天文学を学びました。 寛政12(1800)年から日本全国の測量を開始し、文化13(1813)年に終了するまでに測量距離は4万3…

萬年橋

小名木川から隅田川に入る所に架かる萬年橋です。場所は大江戸線・半蔵門線清澄白河駅の近くにあります。 北斎の浮世絵では亀戸天神の太鼓橋のように丸く描かれています。手前が小名木川でその先が隅田川です。 橋の北側には江戸への出入り口として川船番所…

令和4年 七渡神社例祭

本日は七渡神社例祭です。御祭神は弁天様で美と芸術、財運の神様です。七渡神社は富岡八幡宮が創建される前からお祀りされていたと云われています。 午前11時からの例祭に参加しました。コロナが少し落ち着いたからでしょうか、たくさんの方が参列していま…

令和4年 嘉祥

本日は嘉祥(かじょう)です。厄払いとして神に供えた菓子を食べます。江戸城でも大広間で諸大名に菓子が配られます。 今年は三代目茂蔵豆富江東三好直売所の生チーズケーキです。茂蔵は清澄白河駅の近くにあります。うまい、豆腐を使ってヘルシーでボリュー…

令和4年 両祖大師誕生会

梅雨らしい雨が降っていますが、深川不動堂にお参りに行きました。本日15日は弘法大師様、17日は興教大師様の誕生日です。 弘法大師様は来年ご生誕1250年になります。高野山・奥之院では今も生き続けているとされています。 深川不動堂についてはこ…

蘭方医・宇津木新吾(4) 目撃

行き倒れの商家の主人が村松幻宗の施療院へ運びこまれた。以前、その男を診察したという高名な漢方医の見立ては明らかに間違っていた。宇津木新吾はその誤診に疑問を抱き、高野長英らと漢方医を探り始めるのだった。(「BOOK」データベースより) 新吾は殺し…

七渡神社の花手水

先日、七渡神社にお参りに行くと、手水鉢がお花でいっぱいでした。これは花手水といわれ、コロナで手水ができない参拝者をお花でもてなしているそうです。 御祭神は女性の弁天様なので、花手水はお似合いだと思います。今週の金曜日は年に一度の例祭がありま…

平賀源内電気実験の地

こちらが平賀源内電気実験の地です。平賀源内は江戸のレオナルド・ダ・ビンチと云われ、多彩な才能を世に示しました。 平賀源内は深川の清住町に自宅があり、ここ地で実験を繰り返しました。平賀源内といえばエレキテルが頭に浮かびます。 先ずエレキテルと…

大富豪同心(7)

吉原の不幸な女たちを組織し武装勢力を作り上げようと企む夜霧ノ治郎兵衛一味の残党お峰。狙いは同心・八巻卯之吉の抹殺と豪商三国屋の財力。折しも、長雨で関東全域が洪水罹災し江戸市中は米不足で大混乱。米屋、米問屋、札差を狙う打ち壊しが囁かれ、町奉…

三十三間堂跡

こちらが三十三間堂跡になります。場所は富岡八幡宮の近くにあります。矢が描かれていますが、ここで遠くの的を矢で射抜く「通し矢」が行われていました。 慶長末(1615)年頃、京都東山の三十三間堂で通し矢が流行しました。三十三間堂の名は御堂内の柱…

令和4年 梅雨入り

昨日、東京が梅雨入りしました。これから1ヶ月ほどジメジメしますが、こういう時こそ、何か楽しいことを探したいものです。 清澄庭園の花菖蒲が見頃になりました。前回よりも花がイキイキしています。これからしばらく楽しめそうです。 清澄庭園については…

紀文稲荷神社

紀文稲荷神社です。紀伊国屋文左衛門が京都伏見稲荷神社より御霊を拝受し、この地にお祀りしたそうです。境内には龍神様も祀られていました。 紀伊国屋文左衛門と言えば「みかん船」が思い浮かびます。江戸では11月8日に「鞴(ふいご)の祭り」が行われま…

令和4年 清澄庭園の花菖蒲

花菖蒲が咲き始めました。花菖蒲は公園とかでよく見かけますが、清澄庭園で見ると風情がなんとなくあります。 現在、全体の5割弱ぐらいでしょうか。今週末から来週中が見頃になりそうです。そろそろ梅雨入りなので晴れ間を見つけてお出掛けください。 清澄…

蘭方医・宇津木新吾(4) 殺しの依頼

行き倒れの商家の主人が村松幻宗の施療院へ運びこまれた。以前、その男を診察したという高名な漢方医の見立ては明らかに間違っていた。宇津木新吾はその誤診に疑問を抱き、高野長英らと漢方医を探り始めるのだった。(「BOOK」データベースより) 新吾は翫右…

赤穂浪士休息の地の碑

永代橋の近くにある赤穂浪士休息の地の碑です討ち入り後、吉良邸から泉岳寺に向かう途中、この場所で甘酒がふるまわれたと云われています。 お店の主と赤穂浪士の大高源吾は俳人で、其角の門下として交流がありました。其角「年の瀬や水の流れと人の身は」、…

芭蕉庵史跡展望庭園

小名木川から隅田川に入るところに芭蕉庵史跡展望庭園があります。最寄りの駅は大江戸線・都営新宿線森下駅です。 階段を上ると松尾芭蕉が座っています。こちらの像は午後5時に回転するそうです。その理由はわかりません。 展望庭園というだけあり景色が良…

蘭方医・宇津木新吾(4) 急患

行き倒れの商家の主人が村松幻宗の施療院へ運びこまれた。以前、その男を診察したという高名な漢方医の見立ては明らかに間違っていた。宇津木新吾はその誤診に疑問を抱き、高野長英らと漢方医を探り始めるのだった。(「BOOK」データベースより) 高橋景保は…

繫栄稲荷神社

東西線木場駅近くにある繁栄稲荷神社です。こちらは江戸時代に大丸屋(大丸)が伏見稲荷より分霊し、この地にお祀りしたのが始まりとされています。 鳥居を進むと本殿があります。2体のキツネ様がこちらをにらみつけています。全体的に綺麗に整備されていま…

深川八幡富士

富岡八幡宮には大きな富士塚がありました。「観光高札」を見ると享保7(1722)年頃に築かれ、昭和40年頃に解体されました。 写真をよく見ると、3mぐらいあるでしょうか、それなりに立派な富士塚が有ったと感じます。 こちらが現在、富岡八幡宮にあ…

本所おけら長屋(十一)  といちて

岡っ引きに憧れた弥太郎が勝手に親分を名乗り、とある事件を解決しようとして起こした大騒動とは(「といちて」)、波瀾万丈の人生を送ってきたお染は、誰にも言えなかった切ない過去を思い返す(「ぬけがら」)、隠居した親方に昔の女を探してほしいと頼まれた…

令和4年 木場公園のヤマボウシ

木に雪が積もった様な感じです。こちらはヤマボウシです。花びらのように見える部分は花びらではなく葉ですが、便宜上花びらと呼ばれているそうです。 名前の由来は、花の丸いところが僧侶の頭で、白い花を白い頭巾に見立てて比叡山の山法師に似ているからの…